革命の前夜

全てがKAT-TUNに帰結する

観察と定石

世の中には定石というものがある。日国大*1でひいてみた。

物事に対するきまったやり方。おきまりのやりくち。おさだまり。

 ふむふむ。想像していた意味だわ。どうでもいいけど「長田まりさんっていそうだなあ」と思った。はい。

何故こんなことを考えているかというとね、先日、「バンクーバーの朝日」のBlu-rayが発売されたのよ。亀梨くんファンであるところの私は、特典満載の「豪華版」を当たり前のようにぽちっとやったわけだけども。本編ディスクが1枚、特典ディスクが2枚付いていて、特典1枚目はビジュアルコメンタリーなるものが入っている。ちなみに2枚目の方にはメイキングとかインタビューとか海外の映画祭の時の映像とか。

言うてテスト前なので本編はまだ見ていなくて、とりあえず特典は一通り見たみたいな現状なんだけど、特典①を見ていて思ったの。もしかして私は、定石とやらを意識していたことがない?と。

ビジュアルコメンタリーには石井裕也監督、妻夫木聡亀梨和也、そして進行役としてアナウンサーの笠井信輔の4人が出て来る。この4人が同じ部屋で映画を見つつ、笠井さんが話を振っていくみたいなスタイルでお送りされるんだけど、この人が「普通の野球映画なら」という言い方を多用するのね。「野球映画」というジャンルがあるのかは知らないし、この映画は野球を主眼に置いたものではない*2と私は認識していたので、なんだかズレた進行だなあと思っていたわけ。なんだか、監督やキャストたちの特異さと努力を推していきたいみたいだった。まあそれはいいんだけど。笑

野球だけの話じゃないじゃん!と思っていた私だけれど、笠井さんの「普通の野球映画ならここでカキーン!ってなる」という言葉には、「ああ、なるほど。」と思った。確かに野球をメインに据えた、例えば野球部の話とかなら、そうだろうなと思った。笠井さんは他にも、「このシーンが石井監督らしいところで、カメラが誰にも寄らないんです。普通ならレジーに寄る。」とか、映画の技術…というか内容の外側のところについても言及している。「普通ならここは音楽を流す。」とか。どれも、「確かにそういうの見たことある」と思う指摘ばかりなのね。要するにお決まりなんでしょう、映像界での。私は番組を作ったことがないけれど、見たことはあるわけで。だから言われた時には「あ―確かに、そういうのよく見る」ってなるわけだ。それが、作る側の定石なんだろう。こういう時はこの人に寄る、音楽を流す、カットを割る…。

定石をどうやって身に付けるのかなあって考えたのね。それで、観察によって得られるのかなあって。本に書いてあったから覚えたって言ったって、著者はきっと観察して手に入れた知識じゃないのかなあって。

私は色んなものを見たり聞いたりしてきたけど、何一つ定石とやらを知らない。と思う。言われたら、「あー!!!」ってなると思うけど。受け取り手として、そういうところに興味がないのもあると思う笑

そして、定石通りに動くにしろ外していくにしろ、結局定石を知らないと「あえて」外すというのは出来ないのかなあって思ったり。もし知らなかったら、ばんばん外しているつもりで定石通りの平凡なものが出来上がるのかなあって。

得たことを使う使わないに関係なく、色々なことを知ったり気付いたりしたいなあ。ただ受け取るのではなくて、頭を働かせながら享受したい。

 

*1:日本国語大辞典

*2:私としては、日系人たちの心の拠り所としての朝日軍を描いているという理解。もし朝日がアイスホッケーのチームならアイスホッケーのシーンがあったと思う。試写会で見た時、野球がメインの話ではない、と思った。

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